首掛け石
 熊本城築城の折、横手(よこて)の五郎という怪力無双の若者が花岡山(はなおかやま)から首にかけて運んできた石と伝えられ、重さは1800kgあります。五郎は天草国人一揆(あまくさこくじんいっき)の際に、加藤清正(かとうきよまさ)と一騎打ちの末に殺された木山弾正(きやまだんじょう)の遺児で、清正を父の仇と狙い、城内に人夫として入り込んでいましたが、見破られ殺されたと伝えられています。
五郎は殺されるとき井戸に落とされて、上から大石を投げ込まれますが、次々と石を受け止めこれを足場にして、どんどん上へ登ってきます。一計を案じた家臣が砂を流し込んでやっと生き埋めにしました。その後いろんなたたりが続いたので、横手村(よこてむら)に祠(ほこら)を造り、横手大明神として祀られたそうです。